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東京高等裁判所 平成5年(う)507号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役五年に処する。

原審における未決勾留日数中八〇日を右刑に算入する。

押収してある洋包丁一丁(東京高等裁判所平成五年押第一七〇号の一)を没収する。

理由

本件各控訴の趣意は、東京地方検察庁検察官石川達紘作成の控訴趣意書並びに弁護人山下登司夫及び同村木一郎連名作成の控訴趣意書に、検察官の控訴趣意に対する答弁は、両弁護人連名作成の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

一  検察官の控訴趣意第一(法令の解釈適用の誤りの主張)について

論旨は、要するに、原判決は、強盗強姦未遂罪における未遂減軽の下限の範囲を逸脱した点において、法令の解釈適用を誤った違法があると主張する。すなわち、原判決は、法令の適用において、住居侵入罪と強盗強姦未遂罪を牽連犯とし、重い強盗強姦未遂罪の刑で処断することとし、所定刑中有期懲役刑を選択し、刑法四三条本文、六八条三号を適用して未遂減軽のうえ、酌量減軽をすることなく、処断刑の範囲を懲役三年六月以上七年六月以下と解して被告人を懲役四年に処した。しかし、本件のように強取行為が既遂に達している強盗強姦未遂事件において、仮に、強盗強姦罪という独立の構成要件が存在しない場合を想定すると、強盗及び強姦未遂の各実行行為は、それぞれ強盗罪と強姦未遂罪とに該当し、両罪は併合罪として処理され、その処断刑の下限は、酌量減軽をしない限り、強盗既遂罪の法定刑の下限である懲役五年となるので、これとの対比からも、未遂減軽によってその処断刑の下限が懲役五年を下回るとの解釈を入れる余地はないし、強取行為が既遂に達しているという事実を無視して強盗強姦罪の法定刑のみを基準として未遂減軽による処断刑の範囲を定めることが許されるとすれば、単なる強盗既遂罪に比し、格段に悪質であるはずの強盗強姦未遂罪の方がかえって軽い処断刑の範囲で処罰されるという著しく不合理な結論にならざるをえない。そこで、強取行為が既遂に達している強盗強姦未遂罪においては、強盗罪の法定刑との権衡上、未遂減軽をした刑の下限は強盗既遂罪の下限である懲役五年を限度とすると解すべきであり、その処断刑の下限を懲役三年六月と解して被告人を懲役四年に処した原判決は、強盗強姦未遂罪における未遂減軽の解釈適用を誤り、その処断刑の範囲を逸脱し違法であって、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

そこで、検討するに、原判決が、罪となるべき事実として住居侵入罪と強盗強姦未遂罪の各事実を認定し、法令の適用において、所論指摘の各罰条を適用し、牽連犯の処理、刑種の選択をしたうえ法律上の減軽をし、酌量減軽をすることなく、処断刑の範囲を懲役三年六月以上七年六月以下と解して被告人を懲役四年に処していることは判文上明らかである。そして、このように強取行為が既遂である強盗強姦未遂罪につき、有期懲役刑を選択したうえ未遂減軽をする場合に、未遂減軽後の刑期の範囲を懲役三年六月以上七年六月以下と解するときは、強盗(既遂)罪の法定刑の下限に比し強盗強姦未遂罪の方がかえって軽い処断刑の範囲で処罰される結果となることは、所論指摘のとおりである。

しかしながら、刑法二四一条の強盗強姦罪の規定は、強盗犯人が婦女を強姦した場合について、その悪質性にかんがみ、これを強盗罪と強姦罪との併合罪として処理することなく、より重く処罰する趣旨で、結合犯の一罪とする構成要件を定め、強盗致傷罪の刑と同等の刑をもって臨むこととしたものである。

したがって、検察官が指摘するように、同罪が実質的には強盗罪と強姦罪との二罪を内包するものであるとしても、実体法上はあくまで強盗強姦罪という結合犯の一罪であり、既遂・未遂の判断においても、この構成要件の特質にかんがみ、強盗の既遂・未遂に係わりなく、もっぱら強姦の既遂・未遂によるべきであると解されているのである。また、同罪が実体法上の一罪である以上、処断刑を導き出す過程の擬律において、数罪である併合罪や科刑上一罪の場合と同様の考え方を当てはめるわけにいかないことも明らかである。

このように考えてみた場合、特に、強盗強姦罪の既遂・未遂は強盗の既遂・未遂を問うことなく、もっぱら強姦の既遂・未遂によって決せられるとする以上、強盗が既遂のときには、強盗強姦未遂罪の法律上の減軽による処断刑の範囲が強盗(既遂)罪の法定刑の短期によって内在的に制約されると解するのは、この既遂・未遂の判断基準とも抵触することになり(強盗強姦未遂罪に強盗が既遂の場合と強盗が未遂の場合の二種類のものを認め、それぞれの場合で減軽方法が異なることになる。)、また、強盗強姦未遂罪に更に同法二三六条の適用を二重に認めるにも等しいこととなるので、同罪の結合犯性を軽視するものといわざるをえず、いささか解釈論の範囲を越える疑いがあるといってよい。

所論は、併合罪加重の場合に、短期もその最も重いものによっていることを援用するが、刑法四七条は、検察官も認めるように、処断刑の上限の決定方法のみを定めているのであって、直接には処断刑の下限の決定方法に触れるものではないから、右の結論は、解釈上むしろ当然のこととして導きだされるところであり、本件のような場合について必ずしも参考になるものではない。また、科刑上一罪についても、同法五四条一項の解釈として、数個の罪名中最も重い刑を定めている法条によって処断するという趣旨にとどまらず、他の法条の最下限の刑よりも軽く処断することができないという趣旨をも含むものとされているが、この場合は、数罪であるから、複数の構成要件について定められたそれぞれの法条の適用を問題とする余地があるばかりでなく、解釈論としても、「其最も重き刑を以て」という点にかかる解釈を許す根拠を持つということができる。しかし、強盗強姦(未遂)罪の場合は、あくまで結合犯の一罪であるから、もっぱら同法二四一条(二四三条)の擬律を受けるべきであり、しかも、有期懲役刑の法律上の減軽については、同法六八条三号がその刑期の二分の一を減ずるという一律的な減軽方法を定め、その範囲内においては裁判所に量刑上の裁量を許しているのであるから、強盗強姦未遂罪に、隠された構成要件として強盗(既遂)罪が内在するものとして、その法定刑によって、法律上の減軽の範囲を制約しようとすることは、やや恣意にすぎ、強盗強姦罪の一罪性や一律に定められた法律上の減軽の方法を無視するもので、相当ではないというべきである。

確かに、所論も指摘するように、強盗が既遂となっているのに、強盗強姦未遂罪の処断刑の下限が酌量減軽もしないのに懲役五年を下回るということは、一見して不合理のように思われないではない。しかし、構成要件の定め方や罪数論からくる種々の擬律上の制約等から処断刑の間に不均衡と見られるような結果が生ずることは、強盗強姦未遂罪の場合に特有なことではなく、他の場合にも往々にして認められるところである。例えば、強盗殺人罪の中止未遂の場合には、傷害の結果が発生していても、その刑を減軽又は免除しうることとなり、強盗傷害罪に対する刑法二四〇条前段の刑と比較して軽い結果を生ずることになるが、かかる不均衡は、裁判上量刑について考慮を払い適当に処理するをもって足りるとするのが判例である(大審院昭和八年一一月三〇日判決・刑集一二巻二一七七頁参照)。また、暴力行為等処罰に関する法律一条の共同暴行が傷害にまで発展し、同罪に吸収された場合には、かえって、共同暴行の法定刑にはない科料に処する余地も生じてくるのである(これらの場合に、刑の免除は許されないとしたり、科料は選択できないとすることは、法の明文上は十分可能と思われる解釈の余地を被告人に不利益な方向に限定するだけに、いささか問題を残すものであろう。)。

また、処断刑の不均衡は、その下限について見られるばかりでなく、上限についてもしばしば生ずるところである。例えば、傷害の常習性が認められない人物が二件の傷害を犯した場合には、傷害罪の併合罪となり、処断刑の上限は懲役一五年に達するのに、傷害の常習性が認められる場合には、暴力行為等処罰に関する法律一条の三違反の常習的傷害となって、併合罪加重がないため、科刑の上限は常習的傷害の法定刑の長期である懲役一〇年にとどまることとなる。また、路上で二名の者に傷害を負わせたような場合には、これまた傷害の併合罪として処断刑の上限は懲役一五年となるのに、他人の住居に侵入して家人二名に傷害を負わせれば、住居侵入が更に加わったのに、全体が科刑上一罪となって、かえって、処断刑の上限が軽くなることも明らかなところである。

このように、処断刑の間に必ずしも合理的とはいえない不均衡が生ずることはある程度避けられないところであって、何も強盗強姦未遂罪に限られるものではなく、かかる場合については、裁判所の裁量権の適正な行使によって妥当な量計がなされることが期待されているのであり、仮にその量刑に不服があれば量刑不当として争うこともできるのである。

以上のとおりであるから、本件の強盗強姦未遂罪についても、法律上の減軽(未遂減軽)の範囲に関し強盗(既遂)罪の法定刑による内在的制約を認めることはできず、所定刑中有期懲役刑を選択し、未遂減軽をした後の処断刑の範囲は、懲役三年六月以上七年六月以下になると解すべきであるから、この範囲内において被告人を懲役四年に処した原判決には別段法令の解釈適用についての誤りがあるとはいえない。

なお、所論は、強取行為が既遂である強盗強姦未遂罪につき、有期懲役刑を選択したうえ未遂減軽をするときは、強盗罪の法定刑との均衡上、その短期は強盗罪の法定刑のそれを下回ることは許されないとした高裁判例として、福岡高裁那覇支部昭和五〇年一一月五日判決(同高裁刑事判決速報一二一九号)が存することを指摘するが、同判決は、法律上の減軽(未遂減軽)をしないで直ちに酌量減軽を行っている点で首肯しがたいものがあるうえ(刑法七二条参照)、結論的にみてもこの判示に同調しえないことは前示のとおりである(ちなみに、東京高裁昭和六二年五月二五日判決・判例タイムズ六四六号二一六頁は、強盗強姦未遂罪につき、原判決が未遂減軽をしないで直ちに酌量減軽をしたことは刑の減軽に関する法令の適用を誤ったものであるとし、原判決が言い渡した懲役三年六月の刑を更に引き下げるべき理由もない以上は、単に法律上の減軽をすれば足りるが、その場合の処断刑の下限(懲役三年六月)は原判決が酌量減軽をして導いた処断刑の下限と異ならないから、この誤りはいまだ判決に影響を及ぼすことが明らかとはいえないとする。)。

結局、論旨は採用できない。

二  検察官の控訴趣意第二及び弁護人の控訴趣意(各量刑不当の主張)について

検察官の論旨は、要するに、被告人を懲役四年に処した原判決の量刑は軽きに失して不当である、というのであり、弁護人の論旨は、要するに、原判決の右量刑は重すぎて不当である、というのである。

そこで、検討するに、本件は、被告人が金員を強取しようと企て、パンティーストッキングで覆面し洋包丁を手に持って、ワンルームマンションの一室で一人住まいをする女性方に施錠されていない玄関から侵入し、同女に馬乗りになり、その首筋に洋包丁を押しつけて、その首を左手で絞めながら「静かにしろ。騒ぐと殺すぞ。金を出せ。」などと申し向ける暴行脅迫を加えて、同女の反抗を抑圧したうえ、更に、同女を強いて姦淫することを決意し、その頬に洋包丁を当てたりしながら「金ばかりじゃない。やらせろ。足を伸ばせ。」などと申し向けて、同女を強いて姦淫しようとしたが、同女が体を堅くするなどして抵抗したため強姦の目的を遂げなかったが、同女からその所有する現金四万円を強取したという強盗強姦未遂の事犯である。被告人は住んでいるマンションから近々退去しなければならず、そのための費用や生活費に窮したあげく、たまたま読んだ雑誌の中に強盗事件の検挙率が低いという記事が載っていたことからこれに触発されて、安易に強盗を敢行し、その際パジャマ姿の被害者を見て劣情を催し、かつ、強取行為に着手した後、被害者から「あなた、八階のSさんでしょ。」などと言われたため、同女に辱めを加えて、被害通報をできなくさせようとして、強姦に及ぼうとしたもので、本件犯行の動機は自己中心的かつ短絡的であって、酌むべきものは全くない。被告人が金員に窮するようになったのも、被告人が所持金を遊興費等に無計画に費消した結果であって、この点についても同情の余地はない。しかも、被告人は、被害者方が一人暮らしの女性の部屋であることを承知していたうえ、脅迫に使う洋包丁と覆面をするためのパンティーストッキングを準備し、被害者方に侵入して本件犯行に及んでおり、強盗の点は明らかに計画的なものであり、また、被告人は被害者の首筋や頬に洋包丁を当てたり、これを使って被害者の着用するパジャマの裾を切り裂き、布団などに突き刺すなどしたほか、被害者から必死の抵抗にあったため姦淫自体は断念したものの、被害者に口淫行為をさせるなどの卑劣な行為をしたもので、犯行態様はまことに悪質というほかない。それまで性体験のない独身女性であった被害者は、本件犯行により生涯忘れることのできない恐怖と屈辱を受けたもので、その精神的苦痛にははかりしれないものがあり、現に被害感情は極めて険しく、被害者は被告人の厳重処罰を望んでおり、強盗の被害金の受領すら拒絶し、示談も未了である。また、同マンションに居住していた他の独身女性に与えた不安感も甚大であることが窺われる。これらの諸事実に徴すれば、犯情はまことに芳しくなく、被告人の刑責は重大であるというべきである。してみれば、強盗の被害金額が比較的少ないこと、強姦自体は未遂に終わっていること、被告人の側で被害者に対して被害弁償を申し出て、その宥恕を得るべく努力したこと、不安定な家庭環境にもかかわらずこれまで前科前歴がないこと、被告人の両親が被告人の更生に協力する旨誓っていること、その他被告人の年齢、反省の情、更生の決意など弁護人の指摘する被告人のために酌むべき事情を十分斟酌しても、その刑を強盗罪の法定刑の短期である懲役五年より更に引き下げるべき理由も認められず、原判決の量刑は、刑期の点において、軽きに失し不当であるというべきであり、重きにすぎるものとは認められない。したがって、検察官の論旨は理由があり、弁護人の論旨は理由がない。

右のとおり、検察官の論旨は理由があるので、刑事訴訟法三九七条一項、三八一条により、原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条ただし書により、当裁判所において次のとおり判決する。

原判決の認定した罪となるべき事実に原判決挙示の各法条(刑種の選択を含む。)を適用し、その刑期の範囲内で、被告人を懲役五年に処し、原審における未決勾留日数の算入につき刑法二一条を、没収につき同法一九条一項二号、二項本文を、当審における訴訟費用につき刑事訴訟法一八一条一項ただし書をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官早川義郎 裁判官仙波厚 裁判官原啓)

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